Galileo Galilei - Sea and The Darkness (2016)

よくアニソンを歌っているけど実はいいバンドだという噂は聞いていたけど、曲、歌詞、演奏どれを取っても一つも良くなかった。

ロード・オブ・ザ・リング

前からちゃんと見ようと思ってたのだが、谷山浩子も推してたのでノンカット版三作観た。原作小説は全てのRPGの元になっていると言われる名作で映画も勿論面白いんだけど、惜しい作品だとも思う。それは僕がこの映画にRPGを求め過ぎたからそう思うのではないか。というのもこの映画が本当にRPGなら間違いなく糞ゲーであるからだ。順を追って説明すると最初雑魚メンバーで村を旅立っていきなり強いやつ出てきて負けイベント発生して気がついたらエルフの森で使命を受けて選ばれし九人で本当の旅が始まり、やたら強いなと思ってた味方の魔法使いがイベントで死ぬ、、、ここまではよく分かる。RPGのセオリー通りだ。しかしここからが分からない。旅の一行は何やかんやあってまた一人死んで、雑魚二人は敵に連れ去られ、パーティはそれを助けに行く組と使命を果たす組に別れるのだが、このパーティわけが全く納得行かないのだ。あろうことかどうでもいい雑魚をパーティの主力メンバー全員が助けに行って、主人公と雑魚の二人で使命を果たすことになるのだ。

なんでやねん!と思わずツッコミを入れてしまう。絶対無理やん!と。誰か一人でも来いよ!と。(この流れに何か納得できる筋があったとしても、これをゲームとして仮定した時のプレイヤーの気持ちである。)まぁ、そう焦らせといて主人公パーティに頼りになる新キャラ加わんのかなと思ったら、敵か味方か分からんきっしょい非戦闘員が加わるだけなのだ。再びなんでやねん!とツッコまずにはおれないだろう。一方、助けに行った組は派手な戦闘があったり死んだと思った魔法使いが現れたり操られた王様をもとに戻したりその姪っ子といい感じなったりイベント盛りだくさんなのだが、正直主人公がいないとこの話なんてどうでもいい。その頃主人公達はエルフの森で貰った焼き菓子を毎日少しづつ食べながらきっしょいのに騙されたり敵にビクビクしたりひもじい地味で心許ない旅が続く、、、俺なら心折れる。こうなれば早くみんなと再開するしかない。聞くとこによると仲間たちは王様や死んだ仲間の弟さん達と手を組んで着々と戦力を増やしているそうじゃないか。もう仲間と再開できることだけを励みに頑張るが、結局最後まで仲間とは離れ離れのまま旅は終わりを迎える。何やねんこの糞ゲーと。この映画をRPGだと思って、主人公に感情移入して観ていた人はきっとそう思うだろう。振り返るとみんなと旅してた第一章が一番面白かった。この感想は僕が勝手にこの映画をRPGフィルターを通して見ていたから抱くもので、映画として物語に何らおかしいところはないのだ。後、残念な点を2つ挙げれば戦闘が何してるかよく分からん所と可愛い女の子が一人も出てこない所だ。戦闘シーンは全てが敵味方入り乱れる大混戦で顔はよく視えないし、敵が多すぎて一人の活躍が戦局に影響を与えるのかと考えると虚しくなる。レゴラスだけは弓矢だからカメラを引いているので見やすくやたら強いなという印象を受ける。そしてこの映画本当に色気がなく10時間最後まで見たけど結局イライジャ・ウッドが一番可愛いかった(笑)

テイルズオブシンフォニアthe animation シルヴァランド編

歌手としての方が人気だが、 水樹奈々は声優としてすごい好き。コレットめっちゃ好き。このアニメもコレットが観たくて観た。主題歌はデイアフタートゥモローもっかい使えば良かったんじゃ。まぁそれ言うなら、キャラデザもゲームのままがよかったけど。てゆーかマーブルさん端折ったらイカンでしょ!!「人間なんて汚いっ…!」って演技がめっちゃ良いのに。ロイドがコレットにコーヒーでカマかけるシーンもいるやろ!多少唐突でもいいからさぁ、これ見る人はだいたい内容知ってるわけやし、良いシーンを使わんでどうする。てゆーかコレット歌うますぎて無いわ(笑)手に文字書くとこおもいっきし平仮名やし。そこ曖昧にしとこうや。ハイマでのクロトスとロイドの絡みも欲しかったし。やっぱゲームのアニメ化って微妙やな。思い入れには勝てんな。

コララインとボタンの魔女(2009)

ヘンリー・セリック監督作。デフォルメされたキャラクターがグリグリ動くのって苦手で普段はCGアニメって見ないんだけど谷山浩子がブログで激推ししていたので見てみたんだけど、これあえてクレイアニメっぽくする為にコマ送りっぽくしてるのかなと思ったら、ほぼクレイアニメ(今はストップモーションアニメというそうな)らしくて驚愕。これがCGじゃないとかどんだけ頑張ったんよ。キャラクターの顔のパーツだけでもどれくらいあるのか、考えただけでも気が遠くなる。もっとも手の混んだストップモーションアニメと言われているとか。努力のかいあって主人公の女の子の仕草が一々めっちゃ可愛い。ボタンの魔女のデザインも秀逸だ。カマキリ型のトラクター(?)も心躍る。これだけで何回も観てしまう。僕は実写映画に於いて建物の内装が把握できる作品にはすごく惹き込まれ愛着を持ってしまうのだが、アニメだと同じ設定を元に描かれた建物でもやっぱり複数のアニメーターによって描かれるとそれはやはり同じ空間ではなくなってしまう。それがクレイアニメならセットを利用している為、実写映画と同じ様に建物に愛着が持てることを発見した。しかも、徹底して作られたミニチュアセットの持つ雰囲気は実写映画以上だ。何というか小さい物を愛でる気持ちは自己陶酔的だ。そういう世界の中に浸っていられるのは素敵な気分だ。

谷山浩子 - お昼寝宮・お散歩宮(1989)

同タイトルの本のイメージアルバムだそう。僕は読んでないが単体でも充分楽しめた。イメージアルバムという性質上、あまり過剰なアレンジは施されておらず、曲もJ-Pop的な整合性をあまり求めておらず童謡的ともクラシック的とも取れる自由さが寧ろ好み。人によっては普通のアルバムと比べると説得力に欠ける部分があると感じるかもしれない。

Okada Takuro - Nostalgia (2017)

森は生きているの頃から普通にいい曲だなぁくらいに聴いていたので、インタビューで「新しい音楽をやっているつもりなのにはっぴいえんどフォロワーくらいにしか書かれなくて悔しかった」と語っていて少し怯んだ。洋楽とか全く追ってないからなぁ。まぁでもそんな作者の自意識を満たすような感想は批評家に任せて、思考放棄して普通にいいなぁくらいの感想でいいでしょ音楽だし。普通といってもやはり分かりやすいポップスとは違って聴き応えがある。バンドによってはライブで再現できない音は入れないとかよく聞く話だけど、これは止めどなくいろんな楽器が入ってきて抜けてを繰り返し編集感バリバリで不安定で連続性のない夢のようだが心地良いという不思議。

大江健三郎「個人的な体験」

この小説が全くの創作なら素直に楽しむ事ができたのだが、作者が実際に抱いた感情が描かれているのかと思うと嫌な気持ちがして入り込めなかった。誰しも現実にのしかかる責任から逃れ想像力を羽ばたかせたいという欲求があると思うが、(作者は否定しているが)私小説となると僕みたいな小心者はやはり責任の重みを感じずには要られない。とは言えこれは僕の問題で、内容に関しては普通の作家なら頭に異常を持って生まれた子供を愛せるのかという所をテーマに持ってくるところだと思うのだが、この本には愛という単語が一つも出てこずタイトル通り個人的な体験として描かれている。そこはやっぱり作者の特異なところですごいと思う。