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北杜夫 - 楡家の人々・上(1964)

「にれけのひとびと」と読むのだが僕はなぜかずっと「これけのひとびと」だと思っていた。著者の初の長編小説「幽霊」のような純文学的な趣もありながら、エッセイ等で発揮されるユーモアも同時に兼ね備えている怪作。これだけアクの強い人物を出しながらギャクにならず物語の説得力とリアリティを失わないのがすごい。時代設定は大正を跨いで昭和の始まり頃で、精神病院で暮らす楡家の人々はみんな個性的。だいたい主要な人物は楡脳病院の院長にして一族の長たる楡基一郎とその娘の三姉妹、長女龍子、次女聖子、三女桃子の四人。基一郎はハッタリをかましまくるが実際優秀で農家の出ながら、一代にして立派な病院を築き上げ臨床医としても優秀で巧みな話術とハッタリでもって患者を治してしまったりする。同時に偉大な発明家で、病院の建設時、設計は自分でしてしまうし、診療器具なんかも自分で作ってしまうし、じつは楡基一郎という名前さえ勝手に前の名前を変えて自分で作ってしまったものだ。どんな事件に巻き込まれても泰然とした態度崩さない人間離れした性格で、娘を政略結婚に使ったりひどい人なのだが、凡人にはできない発想とそれを叶える実行力を持ち魅力的で憎めない人物。長女龍子はそんな父を崇拝していて、父とその分身である楡病院が全てで、夫も実の子供も顧みない狂った人で、そこが可笑しくて可愛いとさえ思われてボクは大好きだ。次女聖子は幽霊に出てくる母親や姉のような美しくか弱い存在この小説の品位を一挙に担うような貴重な人物。三女桃子は次女とは対照的に活発で暗いところがなく滑稽身に溢れていてどんな不幸な身の上に置かれても読者を笑かしてくれる愛らしいキャラクターだ。一部で基一郎が死んでしまい、二部が始まってから出てくる人はどれも魅力に欠けるが、まだ470頁にも及ぶ下巻があるので心配というかしんどい。